約一時間前。放課後、校内の自転車置き場の一角。
 僕は洋子(ひろこ)からチョコレートを受け取った。人生で初めての、義理じゃないチョコレートだった。
 もう日が傾きかけていて、二つの影は長く伸びている。みな部活へと赴いている時間帯だ、帰宅部の僕ら以外に人影は見当たらなかった。
 それなのに、なぜだか鼓動が早かった。手の内にある、ラッピングされた包みを見る。それだけで満足した。
「ありがとう」
 顔を上げて、彼女に言う。でも当の彼女は、僕と目を合わせようとせず、その視線は僕の右下の地面に延びる。太陽がまぶしいのだろうか?
「……今日は、それと、考えてほしいことが一つあるの」
 彼女は視線を上げずに、口を開いた。
 違ったんだ。でも全く予想できなかった。この場で、今このときに言う言葉が、まさかそれだとは。
「――私たち、もう別れない?」

             *             *              *

 なぜなんだろう。何が悪かったのだろう。自分では、彼女とうまくやってきたつもりだったのに。
 僕たちは、最初は友達で、付き合うことになって、恋人になって、今は……。
 関係は変わっていったけど、今までの間で破局につながるほどのトラブルがあっただろうか。
 ただ、僕と洋子が何か恋人らしいことをしたかというと、そうでもなかった。僕たちの関係は、クラスの誰にも知られていない、というのも一つあった。だが何より、僕たちは一緒に下校するだけで十分だった。
僕と洋子がまだ友達――あるいは、それ以前の関係だったころから、そうだった。
 洋子と僕は同じクラス。通学に使う路線も途中まで同じで、二人とも部活に入っていないから、よく帰りの電車で一緒になった。
 正直、初めて知り合った人と話すのは苦手だった。人見知りという言葉で片付ければそれまでだけど、幼少時代から高校生まで治らないのなら、もしかすると、これはただの人見知りじゃないのかもしれない。
 彼女と話す時は、特に緊張したものだった。今まで、女子とはあまり話してこなかったし、何より彼女は、贔屓目なしに見ても、こっちが恥ずかしくなるくらいの美人だったから。
 彼女と一緒に帰る時、学校の最寄り駅から彼女が降りる駅までの二十分間、どうやって間を持たせようかと、僕はそれだけに苦心していた。

 そんなことを思い返していたから、僕はすでに降りる駅に到着していることに気づかなかった。
 現在に意識を引き戻し、体の自由がきかない中で扉に体を向けようとはするが。すでに駅からも乗客が入った後、誰も道を開ける余裕はないようだった。無慈悲にも扉は閉まる。と思いきや躊躇し、再び開きかけた後にようやく閉まった。
 仕方がない。次の駅で折り返す他はなかった。降りる人の流れに乗らなければ、何もできない。
 ――これだから、満員電車は嫌いだ。
 今の状況と同じ。流されて流されて、しっかり立つこともできなくて。最終的には、あらぬ方向に落ち着く。
 たぶん、下手なんだ。生きていくことが。
 流されることでしか動いていけないのに、それが不思議とイライラするんだ。ああ、早く駅に着け。

 とりあえずは、お互いに自分のことを話すことが多かった。といっても、僕は部活もやっていないし、趣味といえば、本を読むか、ゲームをするか、ネットを見るか。否、最近気づいたけど、正確に言えばそれは趣味なんかじゃなかったんだ。趣味っていうのは楽しいから続けていることで、もし僕が「その趣味って何が楽しいの?」って聞かれたら、明確な答えは出てこない。手軽に時間をつぶせるからやってるだけなんじゃないか、とも思う。
 だから、あまり胸を張って語れるようなものじゃなかった。対して洋子は、僕と同じで部活には入っていなかったが、洋楽が好きなのだという。中学のときに影響を受けて、ギターを始めたとのことだった。
 彼女は好きなバンドや曲については、特に熱心に語ってくれた。あまり話についていけた記憶はないけれど、僕の持っていた知識の範囲内で相槌を打つと、嬉しそうにして、また話を加速させた。
 彼女はその他にも色々と話した。彼女自身のこと、学校でのこと、日々の愚痴、本音。僕はそれを真面目に聞いた。
 人は皆、自分の話を聞いてくれる人が欲しいのだと、どこかで読んだことがあった。だから、僕は彼女の話を聞いた。
 でも、彼女が話すのをやめたとたんに、気まずい沈黙が流れることも少なくなかった。そんな時、僕はすごく申し訳ない気分になった。僕の沈黙が、僕が洋子を拒絶しているという誤解を生むのではないかと恐れていた。違うんだ。そんなことは思ってない。洋子の話を聞くことはむしろ好きだった。一緒にいて楽しいとも思っていた。だけど、ただ、話題がない。彼女に聞かせたいと思えるものを何一つ持っていない。
 そんなんじゃだめだと思った。僕は話題を集めるために、毎日一時間はテレビに向き合うことにした。いままで読み飛ばしていたネットの芸能ニュースや音楽ニュースも、彼女と話を合わせられる程度はチェックするようにした。読書の時間は減らしたくなかったので、睡眠時間を少し削った。洋楽のロックについて調べることもあった。と言っても、いくつかの有名なグループについての概要を頭に入れるだけだったが。曲自体を聴いいたり、洋楽の良さを理解したりする気は、あまり無かった。
 その頃は、お互いに話したいことをある程度持っていて。僕も、下校時の二十分間をできるだけ楽しいものにしようと努力した。多少、無理していたところがあったかもしれないが。
 そうして会話を重ねていき、僕は彼女と親しくなれたのだった。

 ドアが開くと、一斉に起こる人々の潮流。それに身を任せて、電車から吐き出される。知らない駅だったけれど、適当に周りの流れに合わせて階段を上り、改札を抜けて出口に向かった。
 この路線は、今の時間帯では上り線の感覚が三十分に一本しかないのは知っていた。次に来るまで、あと二十分以上ある。

 僕と洋子が付き合い始めたのは約三ヶ月前、十一月の始めだった。
 告白は、洋子のほうからだった。僕はその場で答えることはせずに、三日ほど時間をもらって、その後OKしたのだけれど、告白された時点で、断る気は全くなかった。
 女の子に告白されたこと、好きだと言われたことなんて初めてだったから。浮かれていなかったと言えば嘘になる。
 付き合い始めたからといって、学校では特に変わることもなかった。クラスの誰も、僕と洋子が付き合っていることを知らなかったからだ。洋子は、恥ずかしいから学校のみんなには秘密にしておいてほしいと念を押した。言われなくても、僕は誰かに話す気はなかった。言っても大丈夫だと思える友達は、いない気がした。
 中学校のとき、周りの人々が散々もてはやした挙句、いつの間にか破局しているカップルを何組か知っていた。無様だと思った。付き合っていることは、安易に明かすものじゃないんだという思いがあった。
 付き合い始めて一つ変わったことがあるとすれば、それは会話の頻度だった。お互い知り合った当初から、結構な回数を一緒に帰り、話をしてきた。もう洋子との関係は半年を超え、お互いに語るべきことは語った後。普通、カップルが関係を深めていく過程では、お互い自身のことを話し合うのが第一なのかもしれないが、僕らの場合、それはすでに十分に行われた後だった。だから、帰りの電車、僕たちの乗る車両には、穏やかな沈黙が満ちるようになった。
 彼女といる時は、沈黙が苦しくなかった。圧倒的な安息、気張らない時間が、そこにはあった。
 知り合った当初と比べれば、いつも楽しい会話をするというわけではなくなっていた。互いに言葉少なになったと思う。それは以前のように話すのが何となく気恥ずかしかったから、というのもあったかもしれない。でも僕は、その状態で、何というのか、穏やかだった。落ち着いていた。その安心できる関係が愛おしかった。
 水が、高いところから低いところへと流れていくように。全てのものごとは、無理をした状態から安定した状態に動いていくのだろうと思う。
 だから、洋子と会話をするために無理するのをやめた。洋楽の知識は少しずつ薄れていき、テレビもほとんど見なくなった。
 もはやそんなことをしなくても、この関係がずっと続くと思った。来年、再来年、クラスが変わっても、帰る方向は変わらない。ずっと一緒に学校から帰って、互いの存在に満足し続けるのだと、そう思っていた。

 家の最寄り駅から一つ乗り過ごした駅。名前は知らない。降りるときにアナウンスがあったのだろうが、よく聞いていなかった。
 出口に着く。こちらは東側だったようで、駅に遮られて夕日が届かず、暗い。付近には帰宅中であろう人々が何人か見受けられる。閑散というわけではないが、ごたごたと乱立したビルだか商店だかは、光が当たらないのでいまひとつ精彩を欠いていて、もどかしい風景だった。
 ――理由が知りたい。
 何が悪かったのか。どうすればよかったのか。聞いても洋子は答えてくれなかった。
 まだ、別れると双方が合意したわけじゃない。今からでも直せるところがあるなら、直したい。そうだ。僕たちがまだ切れていない証に、今日のチョコレートがあったじゃないか。
 そう思い立ち、あわててバッグを開けると、それはすぐに見つかった。薄桃色の布でくるんだ、両手大の包み。口を結んでいるリボンを解いて、中に手を入れる。箱の感触だった。取り出して、駅の照明から注ぐ光のもとで、中身を確認した。
 それは、かの有名な、プレッツェルにチョコレートをコーティングした菓子だった。赤い箱に入っている、ポッキーって奴だ。見間違えようがなかった。
 僕は少し落胆した。それは、あんまり洋子はお菓子作りとかに励むイメージはないし、ギターも寝食を惜しんでやっている上、僕らの学校は、割と勉強にも厳しい校風だ。勉強との両立で、時間がないのも分かるけど……どうして彼女は、わざわざこの菓子を選んだのだろう。
 僕はその箱を包みに戻そうとして、中に一枚の紙が入っていることに気がついた。出してみる。それは女の子らしい、ポップな雰囲気の便箋だった。
『付き合って、分かった。あなたって、
 ポッキーに似てるんだ。
 だから私は、惹かれたのかも』
 宛名も差出人の名前もなく、その便箋には、彼女の字でただそれだけ書かれていた。
 どういう意味だろうか。
 よく分からない。
 ――まっすぐだけど甘い、とでも言いたいのかな?
 ふとした自分の思いつきに呆れる。言葉遊びをしてる場合か。僕はそんなガラでもないだろう。
 ろくな考えが浮かびそうになかった。そこで初めて、手が寒さで震えていることに気づく。僕は便箋とポッキーの箱を包みに戻して、バッグを閉め、手をコートのポケットに引っ込めた。暖房の恩恵を受けられない出口付近に、これ以上突っ立っている理由もなかった。
 まだ上り列車が来るまで時間はある。僕は、ファーストフード店や居酒屋の店舗の間に、コンビニが挟まっているのを見つけ、そこに立ち寄った。
 店員が来店の挨拶をかける。少し見渡してみると、僕のほかに客はいないようだった。店の陳列棚から突き出すように作られた、バレンタインチョコのコーナーが目に付いた。僕はそれを横目に、菓子の並ぶ棚を探す。自然とその気になった。本当は、何か暖かいものを買って帰るつもりだった。
 見つけた。赤い箱、金色の字で大きく商品名、そしてイメージ画。バッグの中から、洋子からもらったポッキーを取り出して、棚に並ぶそれと比べてみる。なんら違いはなかった。未開封のようだから、空けてみたら中身は手作りだった、なんていうサプライズもないだろう。
 箱をひっくり返す。名称、チョコレート菓子。原材料名を見る。小麦粉がカカオマスより先に並んでいた。へえ、本当は小麦粉の量のほうが多いのか。
 そうして、彼女にもらったポッキーをしばらく観察しているうちに、横からパタパタと小さな足音が聞こえた。
 視線を向けると、小学校低学年くらいの女の子がこっちを見ていた。身長は僕の胸あたりまでしかない。
 なんだか、この年ぐらいの子供ってやたらと顔が小さく、目が大きく見えるものだ。うちにも妹がいるので分かる。そういえば、顔立ちが昔の妹に似ているような気がする。
 ……なぜだろう。その子に、見られていた。食い入るように見られていた。そのままぼけっと見返しているのも間抜けな気がして、僕はその子に話しかけた。
「……これ、どう思う?」
 ポッキーを見せてみる。
 これは、僕に似ているらしい。小学生の考え方が、この不思議な比喩の示すところを解き明かしてくれることを期待して、駄目もとで、尋ねてみた。
 その女の子は、知らない男の質問にも、臆することなく答えた。まるで、その問いを待っていたかのように。
「きらい」
 一刀両断。洋子に別れ話を切り出された瞬間ほどじゃないが、そうあっさり切り捨てられると悲しい。
「えっと……なんで?」
 僕は食い下がった。むしろ聞きたかったのは理由のほうだ。こんな場所で、小学生と何を話しているんだろうと思う気持ちも、ないわけではなかったが。
「この前お兄ちゃんが言ってたの。ポッキーなんて、ただの味のしない棒にチョコがついただけって」
「……」
 まあ、確かにそうだが。今の小学生には、受けないのだろうか。何年も前からのロングセラーであるけれど、それほど凝ったものじゃない。単純で退屈な菓子ともいえる。
 ――単純で、退屈か。
「そとがわはね、チョコのお洋服きててね、あまいの」
 外側は、チョコのコーティング。甘い。だがそれはせいぜい二ミリメートル。薄い。あまりにも薄い。
 ――とりあえず、サービス。表面で。即席で。甘いことは甘い。好まれることは好まれる。だがあまりにも薄い。
「……」
 女の子は続ける。
「でも、ほんとは中がぱさぱさしてて、かなしいおかしなの」
 内側は、ぱさぱさのプレッツェル。大部分を占める。
 ――無味乾燥。何もないのとは違う。でも限りなく虚無に近い。人を退屈させる味。味がないということを意味する味。
 女の子の講評は、それで終わりだ。
「哀しい……?」
 僕は聞いているうち、腹が立っていた。おまえは僕の何を知っている。ポッキーが僕の象徴だと分かって言っているのか。
「そんな言い方、無いんじゃないか?」
 それは、僕が洋子に対して繕っていたところがないと言えば嘘になる。社交辞令めいた優しさも、最初は多かった。僕はあくまで、洋子と楽しい会話をするために努力した。本当は、彼女と恋人になろうなんてつもりではなかったけど、僕が黙っているせいで険悪になるのは駄目だと思っていた。
 だから、慣れない話題収集などをして、必死に話した。悪い言い方をすれば繕った。でもそれは、果たしていけないことなのか。それを哀しいという言葉だけで断じてしまうことこそが、哀しいんじゃないのか。
「……それは、それなりに、頑張ってるんじゃないか」
 そうだ。努力したんだ。何の趣味もない僕でも、人を楽しませる手段を持っていない僕でも、彼女とはいい関係でいたいと思ったから、自分なりに頑張った。その気持ちは本当だった。
「……その人から好かれたいから、いつも会う人を不快にさせたくないから、上等な態度をとって何が悪いっていうんだ。
 その態度が、努力が、哀しいものだって言うなら。どうしていまさら――お互いのことを知って、穏やかになれて、頑張りすぎるのをやめた今になって、別れてくれなんて言うんだ!」
 気づいたときには、割と強く声に出していた。女の子はしかし奇妙で、驚きもしなかった。口をへの字に曲げて、じっと僕の目を上目遣いで見ていた。いや、むしろ睨んでいるという言い方がふさわしい。しばらくして、僕は弁護の対象がポッキーから自分になっていたことに気づいた。
「そうじゃないんだよね。努力とか態度とかの問題じゃないんだよ」
 急に、女の子の口調が変わった。それを問い質す暇もなく、彼女は続ける。
「行動に心が入ってないから非難されるんだよ。なんで彼女と楽しい会話がしたいと思ったの? 自分が黙っていて、相手に嫌われることを恐れたからでしょ? とりあえず会話が出来れば、その恐怖から逃れられるからでしょ? 本当は、その相手に興味なんて無かったんでしょ?」
 僕は答えようがなかった。洋子の気持ちも分からなければ、自分の気持ちもあいまいだった。めまいのようなものを感じる。僕は、握り締めていた洋子のポッキーの箱を、同じものが並ぶ陳列棚に押し込むようにして置いた。そして自由になった両手で、思わず眉間を覆った。
「自分の心じゃなくて、相手の心と向き合いなよ。自分に何の得がなくても、相手のために動こうと思わないの? 相手がうれしければ自分もうれしい、それが愛じゃないの?」
 知らない。愛なんてものを問われても知らない。それを知るために、人は付き合ったりするのだと考える。でも僕は結局、分からなかった。それなら、どこで知ることが出来るんだ。
 あるいは、そもそも洋子とは恋愛ですらなかった、のか。
 女の子は、呆れた、とでも言う代わりにため息を一つ。
「中身まで伴って、頑張ればいいのに」
「……、それが、できたら」
 苦労は、しない。
 しばらく沈黙が流れる。幸い、めまいは徐々に引いてきた。
「――わたし、ポッキーより、これがすき!」
 不意に無邪気な声がする。女の子は菓子の並ぶ棚の左端にかけていき、何かを両手に持って戻ってきた。
 それは、二枚の板チョコだった。
「これ、いっぱいあるし、やすいし、あまくておいしいの。お兄ちゃんも、これにしなよ!」
 彼女は熱心に僕に語りかけながら、そのうちの一枚を手に押し付けてきた。その口調は年相応のそれだった。僕を追い詰める鋭利さは、もう微塵も感じられない。
 僕はその差し出された板チョコをつかもうとしたけれど、思わず取り落としてしまった。
「じゃあね、お兄ちゃん!」
 言うだけ言って、女の子は去っていった。
 まだ意識を若干のめまいに乱されながら、僕は立ち尽くしていた。
 何だったんだ、あの子は。
 二重人格か何かか。あの子の保護者は何をしていた? いつの間に店に入ってきた? そのとき、店員はいらっしゃいませと言っていたか?
 ――いや、そもそもあの子は本当に存在していたのだろうか。分からなくなった。
 僕は、かがんで落ちた板チョコを拾う。
 パッケージに印刷された金色の天使が、敗者を蔑むようにこちらを見て嗤っていた。
 見下ろしているのは、僕だというのに。
 一度落とした商品を棚に戻すのは躊躇われた。僕はその板チョコだけを買い、コンビニの外に出た。レジの店員は大学生くらいの背の低い女性で、こちらを胡散臭そうな目で見ていた。バレンタインデーに、板チョコだけをコンビニで購入する一人の男。当然か。
 外に出ると、冷たい風がコートを突き抜けて肌を刺した。ガサガサと音のするビニール袋が不快だった。シールで済ませなかったのは、あの店員なりの気遣いだったのだろうか。
 バッグを開け、中に板チョコの入った袋を押し込もうとして、やめた。歩くうちに、教科書やら本やらに揉まれて砕けてしまいそうだった。
 ……そうか。脆くて薄く、いずれは割れてしまうものだったなら。いっそ、自分から割ってしまえばいいのだ。
 僕はすぐにメールを打った。宛先は洋子。
『今日の話、考えたよ。
 別れよう』
 送信して、携帯を閉じた。
 僕はビニールから板チョコを取り出して、空になった袋はコートのポケットに突っ込んだ。
 包装をはがして、アルミ箔を破り、その広々とした茶色を一口分割ろうとする。だけどそれもうまくいかなくて、かなり大きめに割れてしまった。
 ――でも、きっと。そう簡単に、割り切れるものじゃない。
 その欠片を口に入れて、せんべいを食べる時のようにバリボリと噛み砕く。
 あの女の子が言っていたことは、正しいのだろうけれど。でも、ひとつだけ、違っていた。
「全然……」
 きっとあの子は味覚がおかしい。いや、あるいは僕の味覚がおかしい。僕自身が、おかしい。
「甘く、ない」










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